義母のこと

義母はレビー小体型認知症である。
自分で歩けるし、食事もできるし、口調なんかは相変わらず八千草薫のようで、
知らない人が見れば普通の老婦人だ。
でもすこしでも言葉を交わせばすぐにわかる。
記憶力と判断力の低下により、会話がほとんど成立しないからだ。

2005年の初冬、義母の異変（幻視と被害妄想）に気付き、
同じころ義母とは長い付き合いの内科の先生も変に思っていたらしく、
紹介状を用意してくださっていた。
そこは日本中の人が一度は耳にしたことのある大病院で次の予約をとるのも大変で、
一ヵ月後の再診を待っている間に義母はどんどん悪くなっていった。
次に診ていただいた病院でアリセプトという薬を処方され、それがびっくりするほどよく効き、
半年間は義父と、義父の入院後はヘルパーさん達に入れ替わり立ち代りで来てもらい
自宅で生活していた。
その間、認知症担当の先生が産休に入ってしまい、近くの某大学病院を紹介していただき通っていた。
薬はものの説どおり1年で効かなくなり（それでもアリセプトの効いた1年は私達家族にとっては贈り物のような1年で大変感謝している）、
今年2月に某大学病院の認知症専門病棟で3ヶ月間過ごし、
今の施設に移って3ヶ月になる。
義母にはここののんびりとした雰囲気があっているのか、
某大学病院に入院していたころよりも表情が穏やかになった。
そして、認知症もゆるやかに進行している。
その証拠に幻視はなくなった。
最近一番ショックだったのは排泄について。
自室にトイレがあるのに、フロア内でトイレをさがしている。
トイレに連れて行くと、広いトイレの中でうろうろしている。

｢ママ、じゃあどうぞ｣と便器の前まで手を引いて行くと、
｢どうぞって、なにが？｣

ズボンと下着を下げ、便器に腰をおろし、用を足す、紙で拭く、水を流す。
このプロセスがもうわからないのだ。
はー、ここまできてしまったか。というのが正直な気持ち。

しかしそんななかでも、うれしいことはある。
義母は絵を書くと、驚くほどの集中力をみせ、しかもかなり上手だそうである。
指導の先生に指導しているらしいから笑ってしまう。
義母はかつてダネラというデンマークラグ工芸やちぎり絵の先生をしていた。
ダネラは10年程前に、ちぎり絵も5年前に｢きっぱりやめた（本人談）｣のだが、
昔取ったなんとかとはすごいものだ。
そういえば義母の部屋を片付けて気付いたのは、
きっぱりやめたはずのダネラ用毛糸やちぎり絵の材料がたくさんあったこと。
ほんとうはやめたくなかったんだね。

｢今度、絵をみせてね｣　とお願いしたら
｢準備しておくわね｣　とうれしそうに微笑んでいた。

義母の病気がわかってからというもの、
わけのわからない話に付き合い、好き勝手な（しかもひどい）ことを言われ、
義母が困らないようにと先回りしてやってきたことも否定された。
義母に悪気はなく、あれは病気のせいだから、　と自分に言い聞かせてみても
やはり義母に対して醜い感情がどんどんどんどん湧いてきて、
そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった時期もある。
でも今は、長年連れ添った義父のこともほとんど忘れ（義父は生きている）、
トイレでの用の足し方も忘れつつある義母が嫁の私のことを覚えていてくれて、
muccoちゃんmuccoちゃんと呼んでくれる。
とてもありがたいと思っている。


面会のかえり久しぶりに山下公園の前を車で通った。
さびしそうなマリンタワー